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まずは君の涙を拭わせて

煌帝国の都である洛昌から東に遠く離れた小さな村。村人たちは自給自足の暮らしをしている静かな村だ。そこは、マギだったが故に産まれて間もなくアル・サーメンに攫われたジュダルの故郷だった。
 アラジンとの戦いに敗れ、暗黒大陸の果てまで飛ばされた。どうにか戻ってきたが、会いたかった相手は姿を消していて、あの時のように心踊ることなくぼんやりと過ごしていた。
 その生活の中でふと思い浮かんだのは、アラジンに魅せられた景色だった。赤ん坊の自分がいた場所。あれは一体どこなのか。生活の様子から都市部ではないと山村を巡り、ようやく見つけた。
 突然現れたジュダルに対して、意外にも村人たちは好意的だった。それは魔法を使えることに加えて、人手を連れてきたからかもしれないし、幸運にもジュダルに両親の面影を見つけてくれた人がいたからかもしれない。
 ジュダルを産んだ女、母と呼ぶべき人の友人だと言った女は、目に涙を浮かべながら両親のことや当時のことを語ってくれた。まさか自分たちのことを覚えている人がいるとは思わず、ただ黙って話を聞いていた。
 この村は、何不自由ない生活をしていたジュダルにとっては不便で仕方なかった。決して裕福とは言えない暮らしなのに村人たちは生き生きと見えるのが不思議だった。この村で過ごした記憶はない。やはりあの大きな城での生活の方がしっくりくる。すぐにでも出て行こうと思っていたのになぜこの村を離れることができないのだろう。自分のことなのにジュダルにはよくわからない。
 もうあの城には自分の居場所がないと思っているのか、もしくは迎えを期待しているのか。あの時に涙ながらに語った女の声が蘇る。
『お墓があるの、二人に顔を見せてあげて』
 ジュダルは何も答えなかった。その場所には、今まで一度も足を運んでいない。

 村人たちが寝静まった後、ジュダルはひっそりと丘を登った。小高い丘の上からは村全体を見渡すことができた。田んぼや畑が広がっている面白みのない風景が広がっていた。丘の片隅に小さな石が建っていた。今日は幸運にも満月で月の光がとても明るい。そうでなければ気が付かなかった。死んだのはもう何十年も前のことだというのに丁寧に手入れされていたようでやけに綺麗だった。手向けられた白い花が夜風に揺れている。ただの村人だったにも関わらず石には名前が彫られていた。それを見て初めて二人の名前を知った。
 それに並ぶようにしてもう一つ名前が彫ってあった。一度も呼ばれた記憶はない。彼らがつけたであろう自分の名前だということに気がついてジュダルは墓の前を動くことができなかった。

「こんなところにいたのか」
 久しぶりに聞く声だ。思えばこんなに長い間、離れていたことはなかった。振り向いて視線をあげると一緒に暴れまわっていた頃よりも更に精悍な顔つきになった男が立っていた。薄々と予感はしていた。探し求めていた魔力が急に感じ取れるようになり、徐々に近づいてくる気配がした。
「……白龍」
 ジュダルは、隣に座り込んだ彼の名前を呼んだ。その言葉をそっくりそのまま返したい。やっとの思いでこの世界に戻ってきたら憎しみの対象を殺した後、世界を破壊すると意気込んでいた自分の選んだ王様は、国際指名手配をされ、行方知れずになっていた。探せど探せど見つからず、なんの面白味もない男と手を組んで戦争をおこしたが、思った通り面白くなく早々に抜けてしまった。「お前こそどこにいたんだよ」
「色々あって、暗黒大陸に身を潜めていた」
 その色々を聞きたいのだが、白龍は今はそれ以上話すつもりはないのか、口を閉じてしまった。ジュダルも自分が飛ばされてしまった時のことも話すつもりはなかったので二人とも黙ったまま時間だけが過ぎていった。
 どんな顔をしているのか白龍を伺ったが、彼はまっすぐ前を向いていて横顔しかわからなかった。
 やがてジュダルは口を開いた。
「……これ墓なんだって」
 ジュダルは誰のとは言わなかった。見たこともない、覚えてもいない存在をどう伝えていいのかいまだにわからなかった。それに加えて自分の名前を知った衝撃をまだ消化しきれていない。
「そうか……」
 ジュダルの心情を知ってか知らずか白龍は静かに頭を下げ、手を合わせていた。彼もまた彫られている三人目の名前に気づいたようでその名前を指でなぞっていた。
「似合わないな」
「うるせーな」
「冗談だ……いい名前だな」
 力強く幸せな子になりますようにと願いがこめられたであろう名前を白龍が呟いた。全くしっくりこなくて居心地が悪い。思わず文句をいうと白龍は俯きながら大切な秘密を打ち明けるように話し始めた。
「俺もお前の墓を建てた。煌帝国の神官殿の葬式ということでかなり大々的に執り行ってしまった」
「は、墓?……俺が戻ってくるとは思わなかったわけ?」
 自分には墓が二つもあるのか。そのどちらにも誰もいないのだけれど。
「ジュダルがいなくなったことに区切りをつけたかった。何もないそこに向かってたくさん話をした。俺にとっては、お守りみた
いなものだ」
 墓をたててしまうなんて、なんと大掛かりなお守りだろうか。何もないところに語らうことで、気持ちが和らぐのであれば目の前にあるこの墓も同じなのだろうか。それならここで二人が静かに眠ってくれているのはとても良いことのような気がした。
 ジュダルは、自分がいなくなった後に紅炎と白龍が戦ったとしても、白龍が負けるとも死ぬとも思わかなった。ただ、一緒に暴れられなくて残念だとずっと思っていた。埴輪姿のアリババと奇妙な世界にいた時からいつかこっちに戻って、白龍に会うことしか考えていなかった。白龍はそうではなかったのか。自分が戻ることを微塵も考えてくれていなかったとしたら、それは少し残念に思える。
「幻滅しただろ。あんなに大口叩いて国を割ったくせに残った国を整備するどころか、皇帝の座も降ろされて今や国際指名手配されている身だ」
「はぁ? なんで幻滅すんだよ……ただ、一緒に暴れられなかったのが残念だよな」
 それは紛れもないジュダルの本心だった。あんなに楽しかったのだ。できれば最後まで一緒に戦いたかった。そうすればもうどうなったってよかった。
 俯いていた白龍は、のろのろと顔を上げて隣にいるジュダルのことを見つめた。再会して初めて2人の視線が交わってジュダルは、ようやく白龍の顔を見ることができた。
 久しぶりに見る白龍の目には月の光が入り込んでいる。キラキラと宝石のように見えるその瞳が大きく揺れてホロリと雫が落ちた。次から次にこぼれ落ちる様があまりにも綺麗に見えた。ようやくそれが白龍の涙だということに気がついて慌てて手を伸ばしたが、それよりも早く隣にいた白龍が動いた。
「おかえり、ジュダル」
 存在を確かめるかのように白龍に抱きしめられる。互いの鼓動の音が体に力強く響いてくる。生きているということを伝えてくれた。
 ジュダルは、玉艶を恨んでいる時の白龍の顔が好きだった。父親を兄を殺された恨みや怒りを忘れるものかと自分の手から離れてしまった煌帝国を取り戻そうと力もないくせに一人で戦おうとしている彼の顔が好きで。心の奥底からこの世界への怒りに満ちている彼に自分の王の器としての資質を見出したのだ。
 本当を言うとその顔と同じくらいジュダルは、彼の笑っている顔も泣いている顔も好きだった。幼い頃から真っ直ぐで融通の効かない優しくて泣き虫な男の子。父親が殺されず、目の前で二人の兄を失わず、母親がアル・サーメンの魔女でなければ彼は、穏やかに成長して世界を恨むことなどなかったのだろう。
 でも、彼の母親はアル・サーメンの魔女だったし、父親は暗殺され、兄二人は大火に葬られた。だからこそ白龍は、世界を恨んで身体中に怒りを巡らせてジュダルの手を取った。

 ジュダルは白龍が必要としてくれるなら、どんな世界でだって力になる。ずっとマギとしてそうやってただ一人の王様のために力を奮いたかった。これから先も、それは変わらない。

ああ、やっとこの場所に帰ってこれた。

「ただいま、白龍」


2022.07.29 Pixiv公開 2024,04,16 加筆修正