MENU

君と三百六十五日(現パロ)

 誰にも話したことはないが、ジュダルには前世の記憶というものがある。十歳の時に、スキーへ行った際に転んで強く頭を打った。すぐに病院に運ばれたが、朦朧とする意識の中、自分とは違う人の記憶が頭になだれ込んできた。それは、その歳のジュダルでは作り上げることができないような緻密なものだった。
 その記憶がなんのかわからず怯えていたが、数年も経つと自然と理解することができた。これは、自分の前世というものだ。戦いに明け暮れ、一人の男のもとで過ごした人生だった。自分が生まれ育った世界と前世では全く異なった生活をしているため、なんだか面白い物語を見ているようだった。
 記憶が溢れてしばらくのうちは、今の人生と混濁することもあったが、歳があがるにつれてそれもなくなった。あくまでこれは、前の自分の記憶だと折り合いをつけることができるようになっていた。
 前世のことを覚えている人にあったことはない。なぜ、自分が思い出したのか不思議だった。あの時、頭を強かにぶつけたことと、己の前世が信じられない話ではあるが、ほどほどの力を持った魔法使いだったからだろうか。
 それならば、記憶の中にある彼らにも会いたいと思ったが、このことを口外したことはなかった。
 そして、前世と同じくジュダルは、ほとんど病気になったことがない。そのため、経験として、熱が出ている状態というものがどんなものなのか分かっていなかった。呑気なことに今日は随分と気温が低いんだなと思いながら、一日を過ごしていた。
 異変に気づいたのは、同居人の男だった。帰ってきた自分の様子を見て、呆れたようにため息をついたかと思うと、体温計を差し出してきた。
「え、なに?」
「あなた、自分の体調も分からないんですか?」
 見目麗しいこの男は、練白龍という。多分、前世のジュダルが命をかけた人の生まれ変わりだと思う。前世の白龍と、実際に会った白龍の印象は随分違っていた。しかし、一緒に暮らし始めると彼は、口うるさい男だった。脱いだ服はそこら辺に置くな、電気を消せ、コップをあちこちに置くな、外食ばかりではなくたまには栄養のあるものをとれというようにジュダルの生活に対して口出しばかりしてくる。今回も断って長々と説教されるのは面倒だと大人しく手渡された体温計を脇に挟んだ。
「……これ壊れてる」
「何度あったんですか?」
「……三十九度」
 そう言うと勢いよく体温計を奪われ確認された。熱があると自覚したからかどんどん体が重くなってくる。
「……白龍、どうしよ……めっちゃ気持ち悪くなってきた」
「ほんっとにバカですね! 早く寝てください!」
 口調こそきついが、心配そうな顔をしてこちらを見てくる。白龍がジュダルの手を引き、部屋へ連れていってくれた。ベッドに横たわるともう動けそうになかった。
「大丈夫ですか? きついなら今からでも病院に……」
「いーよ、平気……」
「ご飯は、食べられそうですか?」
「んー」
 自分でも適当に返事をしてしまったと思う。部屋の扉が静かに閉まる音がした。

 ジュダルが住んでいるこの部屋は、白龍の家のものだ。出会う前からジュダルは、彼のことを知っていた。前世のことを思い出した時、練という名前を調べてみた。ヒットしたのは、幾つもの会社を経営している一族だった。今世でも人の上に立つ立場に生まれついたのかと、かつての戦友を懐かしく感じた。きっと会うことすらないのだろうと思っていたが、こうして彼と同居しているのには、理由があった。始まりはジュダルが、練家が経営する会社の奨学金制度に申し込んだことだった。
 練ホールディングスは、会長の意向により、この国の未来を支える優秀な人材を支援することを目的として、月々定額が入金される給付型の奨学金を出している。ジュダルは、そんなものがあることを全く知らなかったし、今世では彼らと関わることもないと思っていた。
 しかし、大学進学が決まった後、友人に教えてもらったと母親が金切り声で勧めてきた。受ければ、母親も納得するかと適当に試験を受けたが、結果は合格。両親は喜んでいたが、ジュダルはなぜ選ばれたのか分からず、他の受験生に申し訳ない気持ちだった。
 その奨学金制度に選ばれた生徒たちが集まる場で、ジュダルは一人の女性と出会う。丁寧に化粧が施された顔が、面白いものを見つけたように笑って、近づいてきた。前の人生の中でよく知った顔だった。彼女に記憶があるのかないのか分からないので、下手なことは言えないと黙って頭を下げた。彼女は、思った以上に砕けた口調で話し始めた。
「君の書いた小論文を読んだよ。とても情熱的だったから私から夫へ推薦したのさ」
 推敲もせずにただ書き殴っただけの文章でなぜ受かったのか不思議だった。この女が絡んでいたのなら納得だ。きっと、ジュダルと同じように前世の記憶がある。また、自分のことをおもちゃにする気なのか、同じような家系に入り込み、何をしようとしているのか。彼女は、ジュダルが答えないにも関わらず、話を続けた。
「……私は、最近になって思い出したんだよ。この子もかわいそうだね、ずっと玉艶のままいられればよかったのに」
 玉艶として生まれたにも関わらず、アルバのころの記憶が蘇ってしまったのだという。前世も今世もこんな女に乗っ取られてしまうなんて不憫な女性だ。アルバは、この世界で生きていくのは、本意ではないのだろう。彼女のしたことを考えれば、可愛い罰のように思えた。
「つまらないな……そうだ、君さ、出身はこっちじゃないんだろう?」
 そして彼女は、思いもよらないことを提案してきた。
「うちが住居も提供してあげるよ」
 ジュダルは、その申し出に何も答えなかったが、帰った時にはすでに根回しをされていた。母親に今年は、地方出身者に住居の提供もあるんだってと言われて頭をかかえる。両親ともに助かると喜んでいるのを見て、あの女が用意したところに住みたくないとは言えなかった。
 所詮、今世のジュダルは一般庶民で親の庇護のもと育っている子供にすぎない。大人の決定に逆らうほどの力も気持ちもなかった。
 驚いたことにジュダルに用意されたのは、都心駅近2LDKのタワーマンションの一室だった。このような部屋が他の奨学生にも割り当てられているのか、あの集まり以降、連絡があっても一度も顔を出していないので分からなかった。
 始めこそすぐに出ていってやると意気込んでいたが、便利な立地と快適な環境にそんな気持ちは薄くなり、二年が立つ頃だった。ジュダルが逃げないようにするためか、部屋の前にアルバが立っていた。
「君、全く連絡を取ってくれないじゃないか、冷たいね」
「誰が取るかよ……」
「……今のご両親と幸せそうに暮らしてるね」
 なぜアルバが両親の話を出したのかジュダルには分からなかった。彼女には、前科がある。一体、何をするつもりだ。前世の自分は、親を殺されたということを気にしていないようだったが、ジュダルは、親に手を出されたらどうなるか分 からなかった。
「そんな怖い顔をしないでおくれよ。こんな世の中で下手なことをするほど私は、馬鹿じゃない」
 呆れたように彼女は肩をすくめたが、ジュダルにはどうしても信用できなかった。
「聞きにきただけさ……うちの三男坊が大学進学を機に一人暮らしをしたいって言ってきてね」
 返事をしないジュダルに構わず彼女は話を続ける。
「ここが一番大学に近いんだよ」
「……でてくよ、ここ」
「違う違う、まぁまぁ広いだろう? 一緒に住んだら?」
 彼女がいう三男坊が誰のことなのかジュダルは分かっていた。その誘いに首を縦に振ることも横に振ることもできなかった。
「……まぁ、考えておいておくれよ」
 アルバは、それだけいうと去っていった。そして、ジュダルが答えを出せないまま時間だけが過ぎていったある日、部屋のインターホンが鳴った。

「練白龍と申します。よろしくお願いします」
「一緒に住むことになってごめんなさい。息子をよろしくお願いします」
 頭を下げる白龍と玉艶の姿を見て、ジュダルも慌てて同じようにした。あくまで間借りさせてもらっている側は、自分なのだからそんなに畏まらないでほしいと伝えれば、ホッとしたように白龍は笑った。その姿は、あの頃よりも幼く見えた。出会ってしまったら、どうなってしまうのだろう。そのことが心配だったが、実際には、何も行動に移せなかった。
 こうして、ジュダルは流されるまま白龍と暮らし始めた。

「おかゆくらいなら食べられそうですか?」
「……あー、うん」
 頭が割れそうなほど痛み、結局寝付くことはできなかった。控えめな声が部屋の外から聞こえてきてなんとか返事をする。
「……大丈夫ですか?」
「うん、ありがと……食べたら、薬飲む」
 白龍が用意してくれたお粥を口にする。いつの間に買ったのか、濃い青色の土鍋は一人分にちょうどいいサイズだ。卵が落とされている黄色い粥は、熱のせいかほとんど味はしなかたが、すっかり平らげてしまった。
「はい、これ飲んで寝てください」
 ジュダルが食べ終えたのを見て、白龍が水と錠剤を渡してきてくれた。体が痛くてたまらない。相当辛そうに見えたのか、白龍は再びジュダルが部屋に移動するのを手伝ってくれた。ベッドに横になると、白龍が布団を掛けてくれる。
「……あの時と逆だな」
「え?」
 白龍が困惑した声を上げた。あぁ、記憶が混濁している。だめだ、頭が熱でぼんやりしてあの頃に引っ張られてしまう。
「ジュダル……?」

 それは、歴史書にも詳しく記されていないずっとずっと昔、今は伝説として語られている歴史の一部。煌という国で白龍とジュダルは過ごしていた。
 金属器使いたちは早死だった。聖宮の崩壊によって乱れた世界が整ってくると、まるで役目を終えたとばかりに迷宮攻略者たちは徐々に弱っていった。全身魔装を修得し、操っていたものたちは、その衰弱ぶりも顕著だった。
 煌帝国では、白瑛が最初だった。その後に紅覇、紅明、紅玉が崩御した。白龍も彼らの後を追うように寝たきりになり、息を引き取った。そして弟と妹の死を看取るようにして、紅炎もまもなく逝去した。他の国も同じだった。金属器使いたちは、遅かれ早かれ半世紀も生きずに人生の幕を下ろした。
 白龍がいなくなって、ジュダルはどうすればいいのか分からなかった。死ななかったのは、白龍がちゃんと生きろと言ったからだ。
 アラジンから一緒に住もうと誘いがあったが、ジュダルは煌を離れることができなかった。そこに白龍の墓があったからだ。
 ジュダルたち元マギは、長生きをし、歴史が繰り返す様を目の当たりにした。せっかく白龍やアリババたちが命をかけて平和を作り上げた世界も、いつしか争いが絶えなくなった。そして、ジュダルは、煌という国が無くなる瞬間に立ち会った。そこで死ぬことができて幸運だった。あそこだけが、ジュダルの生きる意味だった。いつまでも大切にしていた白龍の墓は、今はどうなってしまったのか分からない。壊されてしまったのか、まだひっそりとどこかにあるのか。調べても調べてもそれだけは出てこなかった。
 ジュダルは、命の灯が消える瞬間に恐ろしいとは感じなかった。願ったことは、一つだけだった。

「おれさ、またお前に会いたくて、うまれてきたんだ」

前世の記憶が蘇った時から、本当は会いたくて会いたくてたまらなかった。関わることはないだろうと物分かりがいいふりをしたが、中途半端に希望を持つのが怖かっただけだった。

「……白龍」
 お前が言う通りにちゃんと生きたはずだ。紅玉や白龍たちがいなくなった世界で、煌が繁栄するように柄にもなく頑張ってみた。結局、うまくできなかったけど、あの国で生き抜いて死んだ。

「もう一回名前、呼んで」
「え? あ……ジュ、ジュダル?」
「うん」
 そうやって名前を呼んでもらえるのが、昔も今も好きだ。

 ジュダルは、満足して眠りについた。

 目が覚めるともう朝だった。昨日の具合の悪さが嘘のように体が軽い。家の中に広がるパンの焼けるいい香りに誘われて、部屋を出ていく。
「はよー、いやー、久しぶりに良く寝たわ」
「あ、え、おはようございます……」
 白龍は、ジュダルの姿を見ると明らかに戸惑っているようだった。その視線を無視して、共有の冷蔵庫から適当に朝ごはんを見繕う。
「……何?」
「え、いや……あの、具合はどうですか?」
「もう治った!」
 昨日の自分は、何も知らない白龍からすれば急に何を言い出したと思っただろう。熱で浮かされて口にしてしまったことは失敗だった。ジュダルは、この先、前世のことを誰にも話すつもりはない。白龍に記憶がないなら尚のことだ。これは、あの頃の白龍とジュダルだけのものだ。
「あ……そうですか……」
「俺、昨日なんかした?」
「え? あ、いや……ご飯、食べますか?」
「うん」

 釈然としない様子の白龍にジュダルは、できるだけいつも通りに接した。昨日のことを勝手に無かったことにした。何も覚えていないというようにこれからも白龍と過ごしていく。この退屈な世界で、変わり映えのない日々を、ずっと。

<前へ


2024,03,17 迷宮探訪にて無配