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寂しがり屋の二人

 どうにも寝付くことができず、寝台の上を無意味に転がったり、無理やり目を閉じたりした。友人に聞いた眠れるおまじないとやらも唱えてみる。それでも眠気は一向に襲ってこない。アラジンは諦めて寝台から起き上がった。ヤムライハから借りた魔導書に目を通そう。文字を追えば少しは眠くなるかもしれない。分厚い魔導書を手に取った時だった。
 控えめに戸を叩く音がした。こんな夜遅くに勘違いかと不審に思いながら扉を開けると、そこにいたのは意外な人物だった。
「いっぱいやりませんか?」
 湯浴み後のくつろいだ格好で訪れたのは、白龍だった。彼が片手に持った盆の上には酒と杯が置いてある。美味しそうな肴まで用意されていて、迷うことなく部屋に通した。部屋に入った彼は手早く酒や肴を並べていく。どうぞと椅子を勧められた。自分の部屋なのになんだか変な感じだ。
「白龍くんと呑むのは初めてだね」
「そうでしたか?」
 用意された酒は、随分と甘かった。つまみに辛いものが多いのは彼の気遣いだろう。話すことが思い浮かばず、無言で杯を傾けた。そのまま白龍の様子を伺う。出会った頃は、大層美人な彼の姉によく似ているという印象を受けたが、今は随分と男らしくなり威厳すら漂っている。この大国の皇帝についたのだから当然か。その地位についてからの彼は、働き詰めで少しやつれた気がする。信頼ができるものがいないのも原因かもしれない。
「寝ますか」
 唐突な言葉にうまく反応することができなかった。まだ酒も残っている。誘っておきながら何を考えているのかよくわからなかった。
「聞こえませんでしたか?」
 不機嫌そうな声がして、左右の色が異なる瞳と目が合う。随分と綺麗な顔をしているなという感想はあの頃から変わらなかった。
「聞こえてたよ。勘違いかなって思ってさ。一緒に寝ようだなんて」
 船の旅をしていた時は、小さかった身長ももうそれなりだ。自分より更に成長した彼と寝るにはきっと窮屈だろう。
「……鈍い人ですね」
 苛立ったように言われ、手を掴んで椅子から立たされた。
「わ! 白龍くん?」
 そのまま引っ張られる形で寝台に連れていかれ、乱暴に寝転ばされた。体勢を整える間もなく彼にまたがるように乗られてしまい身動きが取れなくなった。さすが武人である。魔導士である自分は何一つ抵抗する術のないままあっという間に捕えられてしまった。
 ここへきてようやく白龍の言ったことが単純に寝るという意味ではないことを理解した。
「ま、待って待って、白龍くん! 落ち着いて! 酔ってる?」
「酔ってないです。そもそもあれ、酒じゃないですから」
「あーなるほど! 随分甘いと思ったんだよねってそうじゃなくて!」
「あんたはただ寝転がってるだけでいいですから」
 鋭い声が聞こえたと思うと首筋に顔を埋められる。彼の髪の毛と吐息が触れてくすぐったい。
 貞操の危機だ。アラジンは全身から血の気が引くのがわかった。いくら目の前の彼がそんじょそこらの女なんて目じゃないほど綺麗な顔をしているといえ柔らかい肢体はない。ああ、お姉さんのほうだったら良かったのに……口に出したら違う意味で殺されたそうなことを思う。
「ジュ、ジュダルくんに怒られるかも……!」
 ここでその名を出すのは卑怯だと分かっていた。でもそのくらい必死だった。ロマンチックな友人の意見に賛成だ。口付けも行為も初めては好きな人がいい。そしてできれば柔らかい感触のお姉さんがいい。
 体全体から重みが消える。先ほどまで自分に跨っていた人物は、横で小さく丸まっていた。
「……あなたが言ったんでしょう。もう二度と帰ってこないって」
「……白龍くん」
 お互い命をかけて戦って自分の半身と呼べる人を失った。後悔はしていない。あそこで止めにいかなければ、今頃世界はなかったかもしれない。だからアリババがいなくなっても前を向くしかない。自分たちの選択は間違ってなかった。
 でも寂しいね、白龍くん。
 短い付き合いでも日常の中には彼との思い出が溢れている。面影を見つけるとぽっかりと心に穴が空いたような気がした。ずっとこの国で一緒に暮らしていたのなら二人の思い出はどれほどあるのだろう。
「あのさ……その、一緒に寝よっか」
 先ほどまでの姿とは人が変わったように小さく見える背中に話しかける。白龍は反応をしなかったが気にせずにアラジンは熱を感じられるように寄り添った。人肌の温もりがあると眠れると聞くがそんなことはなさそうだった。目は冴えたままだ。このまま眠れないかもしれない。
 
 明日、ジュダルくんの葬儀が執り行われる。