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Rain



ザーザーと外から聞こえる音に段々と気が滅入ってくる。白龍は、窓から外を見上げた。厚い雲が空を覆い、星も見えない夜だった。
 このところ煌帝国は、雨続きだ。恵みの雨といえば聞こえはいいが、こうも長期間だと川の氾濫などの危険性が高まる。気を揉まなければならないことが増えるので、そろそろ止んで欲しかった。
 仕事に忙殺されている日々が続いているためか、白龍は昔のことを振り返る機会が随分と減った。それが良いことなのか悪いことなのか。あまり良くはないのだろうと思う。己がしたことを忘れたわけではないのに、目の前のことに対応するだけで手一杯になってしまう。元々、自分で抱え切れる量が少ないのだろう。
 だからなのか一日の終わりに、ぼんやりとしていると過去の出来事がよみがってくる。
 あの日もこんな天気だった。一人で玉艶に反旗を翻して、返り討ちにあった日だ。今になって思えば、あの頃の自分は目先のことしか考えていなくて、ただ必死に足掻いていた。もっと良いやり方がいくらでもあったのかもしれない。でも、そんなことは思いつきもしなかった。あの時の自分は、力を手に入れて玉艶を倒し、煌帝国を取り戻すことだけを考えていた。
 そろそろ寝ようと腰を上げた瞬間、何もない空間に突然、人の顔が出てくる。そのまま上半身が出てきて、軽やかに着地をした。慣れた様子で白龍の元へやってくる。
「お、まだ起きてる」
「起きてるじゃない……普通に入ってこい」
 ジュダルにも部屋を用意しているというのに彼がその場所を使うことは滅多にない。彼が主に過ごすのは、白龍の部屋だった。別に部屋に入り浸るのは良いが、扉から入ってきて欲しい。見られて嫌なことはないが、突然姿を表されるのは、心臓に悪い。
「だってこっちの方がはえーじゃん」
「そうは言うが……」
「あー疲れたー」
 ジュダルは、そのまま寝台へと寝転んだ。白龍も続いてその隣へ横になる。疲れたと追う言葉は本当のようで、すでに目を閉じていた。
「みんなコキ使いやがって」
「異常はなかったか?」
「あー? うん、特に問題なし。詳しいことは、他のやつらが帰ってきてから聞いて」
「なんだ、お前だけ帰ってきたのか?」
 ジュダルは、遠方の鬼那国へ転送魔法陣の調子を見にいっていた。新たに設置した箇所だったので、正常に動作をしているのか、使用していて疑問点はないかの確認だった。転送魔法陣自体は、ジュダルに見てもらうが、そのほかの細かい調整もある。一緒に赴いた文官たちは出発してから二、三日後に帰ってくる聞いていたが、ジュダルは自分の仕事が終わり次第帰ってきてしまったようだ。一緒に来ていたはずの魔法使いが消えてしまって驚いているだろうか。元々、仕事が終わるとすぐにいなくなってしまうからそんなことはないだろうか。
 多少勝手なことをしても許されるのは、彼が神官だった頃から変わっていない。その立場を失っても大目に見てもらえているのは、彼が魔法使いだからだろう。魔法道具の発明は人々の生活をこれまで以上に豊かにしている。発明した商品が売り出され、利益を生めばそのまま国の経済力になる。そのため、各国はこぞって優秀な魔法使いを求人していた。
「たまにはゆっくりしてくれば良かったのに」
 今回行ったとこは、鬼那国でも有数の温泉地だと聞いた。のんびりと湯に浸かって、羽を伸ばしてこいといえば良かった。
「 別に……興味ない」
 ジュダルの自由を奪ってしまってしまっているのではないかと考えることがある。暗黒大陸の調査にも帯同させているし、転送魔法陣の点検、調整には高度な知識が必要だ。そのため、直接現地に赴くことができる魔法使いは、限られていて、ジュダルにその役目が回ってくることが多い。
 だらけているだけなら転送魔法陣の点検にでも行ってこいとぼやいたことがあった。まさか彼が承諾するとは思っていなくて、軽口のつもりだったが、ジュダルはポツリと言った。
『それやったら、お前は助かる?』
『そりゃあな』
 随分と子どものようなことを聞いてくると思ったが、白龍の何気ない一言でジュダルをこの国へ縛り付けてしまったのではないかと感じている。
 ジュダルは、もうこの国の神官でもなければ、マギでもない。それに、白龍は彼が求めていたような王様ではなくなってしまった。それなのに無理やりここに居つかせてしまったのではないか。
 驚いたことにジュダルは、魔法の知識が豊富だった。幼い頃から、アル・サーメンの奴らや玉艶に習っていたと嫌々ながら話してくれた。その知識は、他の国も喉から手が出るほど欲しいものだろう。今は亡きアルマトラン時代の珍しい魔法だ。だから、きっとここではなくても生きていける。それを白龍が、あの時に手を取ってしまったということだけで縛り付けているのではないか。
「……変な顔」
 ぐるぐると白龍が考えを巡らせていると、突然目を開いたジュダルと視線が合う。特徴的な紅い目が細められた。そのまま白龍の顔をまじまじと見ていたかと思うと、突然大きな声を出した。
「良いこと思いついた!」
 ジュダルの言う良いことなど、良いことだったためしがない。面倒ごとを増やすなと思っていると、ガバリとジュダルが起き上がった。そして、寝台から勢いよく飛び降りたと思うと、白龍の手を引いた。
「おい……」
 抗議の声も届かず、ジュダルは転送魔法陣を作り出したかと思うと、そのまま白龍の手を引いて中へと入っていった。

「っうわ……!」
 繋がっていた先は、あたりが暗くてどこなのか分からなかったが、理解した瞬間に恐怖が襲ってくる。ジュダルと共に移動したのは、空の上。宙に浮いた状態だった。
「お前……俺は、もう飛べないんだぞ」
 金属器を手にしていたことは、ジンの力の恩恵を受けて飛ぶことができた。しかし、白龍は元々、魔力量が少し多いだけの普通の人間だ。こんなふうに足がつかない場所を浮いているのは落ち着かない。
「俺がいるから良いじゃん」
 ジュダルはそう言って移動を始める。雨に濡れることはなかった。ボルグというものは便利なものだ。こういう使い方もできるのかと感心しながら、下に広がる景色を眺めていた。
「……お前、魔力は大丈夫なのか?」
 ただでさえ、長距離の移動に魔法を浸かって魔力を消費しているだろう。こんなふうに乱発していて平気なのだろうか。ジュダルだってあの頃のように無尽蔵な魔力があるわけではない。急に魔力が切れたら二人揃って落ちていくしかない。
「このくらい大丈夫だってーの! 自分の魔力くらい把握してるわ」
「そうか」
 自分の力で浮いているわけではないので、余計に恐ろしい。もし、この繋がれた手を離されたら自分は、そのまま地面に叩きつけられるしかない。じっと手を見ていたからか、ジュダルが呆れたようにため息をついた。
「俺が、お前の手を離すわけないじゃん」
「……そうか」
 ジュダルはゆったりと移動していく。特に目的地があるわけではないようで、あちこちフラフラと飛んでいく。繁華街は、夜のこんな雨の日でも賑わっていた。
「ひと、いっぱいいるな」
「あぁ、徐々に人も戻ってきているから」
 兵力ではなく経済力が国の発展の要となる過渡期に白龍はその波に乗ることができなかった。ここまで国を豊かにすることができたのは、紅玉のおかげに他ならない。白龍は、これから彼女が作り上げてくれたこの国を守っていくと決めていた。
「今魔法使ったら、みんな死ぬな」
 ゾッとするほど冷えた声だった。思わず押さえつけるように強くジュダルの手を握ってしまう。
「……しねーよ」
 ジュダルは繁華街に興味がなくなったようで、その場から移動していく、しばらくの間、沈黙が続いていた。
「……帰るか」
 空中散歩に満足したようで、飛び出してきた時と同様にジュダルは突然そう言って白龍の部屋へと魔法陣を繋げた。
「ジュダル、俺は……」
「あのさぁ、お前、そうやってウジウジしてんのやめてくんね」
「うっ、ウジウジ……?」
 どかっと乱暴な音を立ててジュダルは寝台へと腰をかけた。
「別に、俺は! お前たちが作った国を壊そうとは思ってねーし、さっきのは……ちょっと、出ちゃっただけっていうか……そうやってしか生きてきてねーし……」
 不貞腐れたようにそのままジュダルは、白龍がいる向きとは反対の方を向いて横になってしまった。
「……変なこと考えてんなよ、お前がしっかりしてくれてないと困る」
 小さな声が聞こえて白龍は考えを巡らせた。もしかしてジュダルは、自分が落ち込んでいるように見えたから連れ出してくれたのだろうか。彼なりに白龍のことを元気づけようとしてくれたのかもしれない。
「あぁ……悪かった」
 白龍も寝台に寝そべる。そして、ジュダルの腰に手を回した。雨のせいか冷えてしまっていた。
「これからも頼りにしてる」
「ほどほどにしてくれ」
 柄にもないことをしたと思っているのか、ジュダルの耳がほんのりと赤く染まっていて、そっと口付けた。過剰なほど反応されて思わず笑ってしまった。
「もうお前なんてずっとウジウジしてろ! 調子のんな!」
 なんて傲慢だったのだろう。勝手にジュダルの気持ちを考えて、彼のことを縛っているのではないかと思い込んでしまった。あの日、自分は望んでジュダルの手を取った。堕転したことで、目的は達成することができたし、己の未熟さもよくわかった。ジュダルがいてくれたから、この場所で過ごしている。


 何も不安に思うことなどなかった。命を預けた状況で、手を離さないと言ってくれたことが、きっと白龍の気掛かりへのジュダルの答えだと思った。

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